代表者プロフィール

1966年2月12日生まれ
水瓶座
血液型:B型
大阪生まれ大阪育ち
趣味:音楽、楽器、PC
屋号の由来:メインベースの Candy から
デザインから始まり音楽にハマって、
デジタルという最強の武器を手に入れた!
高校の頃、バンドのスタジオにて
大阪市立(現府立)工芸高校でデザインを学び、在学中はバンドに夢中でした。そして就職したくなくて(笑)、日本コンピュータ専門学校へ進学。1984年当時、MacもWindowsもまだ存在していませんでした。
専門学校の頃、この写真しかなかった
見た目はヘヴィメタルな格好で、ロン毛で派手な奴は勉強できないと思われがちでしたが、成績はトップクラスで情報処理の国家試験も取得。コンピュータの基本とプログラミングの基礎をしっかりと押さえ、現在の礎となっています。
しかし、「バンドで食っていくんだ」と馬鹿げたことを考え、就職活動はしませんでした。でも無理だと悟ったのが卒業式前。偶然にもその専門学校の教員に空きがあり、担任の先生から勧められ講師となりました。
天職の講師業
専門学校の頃、とある軽音楽部のライブにて
講師になっても遊び心は忘れず、軽音楽部の顧問として学生と一緒にバンド活動を楽しみました。しかし、授業は熱心に行い、わかりやすいと評判でした。教えることは天職かとも思い、またDTMの黎明期に当然のようにハマりました。
結局日本コンピュータ専門学校は11年勤めましたが、教えてきた生徒さんの数は2000人は下らないと思います。
フリーランスになって
どうしても自分の腕だけでメシを食いたくて、1998年にフリーランスとして独立。当時「マルチメディア」と呼ばれていたコンテンツ制作を主な業務としました。並行してデジタルクリエイターの学校である Digital Creator College WAO! の講師となり、マルチメディアとプログラミング、そしてその頃から広まり出したWebを教えていました。
デジタルクリエイターの学校の頃
プログラミング畑の私はコンテンツクリエイターの業界でとても重宝され、教えながらサーバー構築やWeb制作なども主たる業務となっていきました。Webが広まったピークの時には、1年制のクラス担任と3ヶ月コースを3クラスも受け持っていました。学校側からは「柴田さんのクローンが欲しいな」と言われるくらいに引っ張りだこでした。
髪色は色々変えました
フリーランスであるが故に見栄えの制約もなかったので、当時はロン毛で服装は派手で、今でも根強い人気の高級ブランド Jean Paul GAULTIER を着ることが多かったです。普段の授業もそうですが、仕事の打ち合わせやセミナーの講師、ライブステージでも着ていました。そのためインパクトは強く、生徒さんには驚かれたりしましたが、お客様も含めて印象に残ったようです。
運良く執筆活動
3冊目の書籍
WAO! では素敵な出会いがありました。Macromedia Flash(現 Adobe Animate)の入門書を書かないかと誘われて、願ってもない機会なので、二つ返事で了承しました。まずは1冊目、ソーテック社から発行された「Flash 4J アクションスクリプト超活用リファレンス」、2冊目及び3冊目は、毎日コミュニケーションズ(現マイナビ出版)から発行された「おしえて!!Macromedia Flash 5 アクションスクリプト」と「おしえて!!Macromedia Flash MX アクションスクリプト」でした。古いことですがわかっている記録として「Flash 5」が約18,000部、「Flash MX」が約13,000部と、シリーズで3万部超えを記録していました。ありがたくも嬉しいことです。
事務所立ち上げ
Candyのメンバーのうち2人と
フリーランスとして活動を始めた際、20世紀の目標として「本の執筆、年商1000万円、事務所設立」を掲げていました。そして、残された目標である事務所設立を実現するために奔走していました。 自分が経営者には向いていないことを理解していたため、フリーランスの集合体として相互に協力できる仲間を探していました。そこで、WAO! の同僚1人と、生徒さんの中から「この子ならやってくれる」と思える3人に声をかけ、2000年4月に5人のメンバーで Candy Craft & Create の事務所を立ち上げました。
大黒摩季さんのサイト
大黒摩季さんと一緒に
摩季さんに書いて頂いたサイン
本を執筆したことも助けとなり、大阪だけでなく東京の仕事も請け負えるようになりました。特に心に残っている仕事は、取引先の社長さんから声をかけていただいた、大黒摩季さんの休業中のオフィシャルサイトに携わったことです。このサイトは主にFlashを使用し、ビジュアルと動きを重視して構築されました。 私が主に担当したのは、会員登録を含む会員情報のデータベース管理システム、掲示板システムなどのサーバー側のシステム設計、開発、運用です。それ以外にも、システムとFlashを結びつけるインターフェイスや、摩季さんの自筆の日記を閲覧できるシステムとページ、クリスマスパーティー用のいくつかのゲームも手掛けました。東京での打ち合わせの際には、摩季さんと握手をしたり、サインをいただいたりすることもできました。
しかし、華々しい活躍は3年で幕を閉じました。鬱を患い、無意識のうちに5階の事務所から飛び降り、下半身麻痺の障害者になりました。長い間何もできない日々を過ごしましたが、不自由ながらバンドだけは続けていました。
そして今は
相方のみさみさと
2020年に作曲ができるようになったことを皮切りに、精神的に復活を果たし、デジタルコンテンツ制作に勤しむようになりました。事務所を立ち上げた頃に何かのセミナーでご一緒した、デザインのできる、みさみさが協力してくれて2021年6月にCandy Craft & Createをリスタートさせました。
今はWebやプログラミング、各種デザインと動画編集、そして教える仕事に取り組んでいます。再び輝けるよう、楽しい未来を目指して日々取り組んでいます。
